福岡大学のヒグマ襲撃事件の結末とメモの内容!ワンダーフォーゲル部の悲惨すぎる結末がヤバい

福岡大学のヒグマ襲撃事件の結末とメモの内容!ワンダーフォーゲル部の悲惨すぎる結末がヤバい

2019年4月17日に放送される「ワールド犯罪ミステリー」で1970年に北海道で起きた

福岡大学ワンダーフォーゲル部のヒグマ襲撃事件が紹介されます。

今から50年ほど前に起きた事件ですが、当時の内容を記したメモも存在するなどしていますが、

一体どのような結末を迎えたのでしょうか?







福岡大学のワンダーフォーゲル部のメンバー

1970年7月14日、福岡大学のワンダーフォーゲル部は北海道の日高山脈で野外活動を行なっており、

  • 竹末一敏さん(リーダー)
  • 滝俊二さん(サブリーダー)
  • 興梠盛男さん
  • 西井義春さん
  • 河原吉孝さん

の5名で訪れていました。

ワンダーフォーゲル部のメンバーがヒグマと遭遇

そして入山から11日後の25日、八ノ沢カールと呼ばれる窪地にテントを張って一息ついていると、

7mほど離れた場所にヒグマが出現したのです。

現在であればヒグマが危険な動物であることが認知されていますが、当時はヒグマに関する情報が少なく、

5人のメンバーはカメラで撮影するなどしていたといいます。

しかし、ヒグマがテントの外に置いていた荷物を漁り始めたため、音を立てたり火をつけたりしてヒグマを追い払いました。

25日午後9時過ぎ ヒグマが再び出現して…

午後9時過ぎ、眠っていた彼らのもとに再び先ほどのヒグマが戻ってきました。

そして、ヒグマはテントに攻撃してきたため、音を立てるなどしてヒグマを追い払い、

メンバーは2時間交代で見張りを立ててヒグマ対策をしながら夜を過ごしていきます。

26日早朝 ヒグマが3度目の襲撃

26日の朝を迎えたものの、メンバーはあまりの恐怖に一睡もすることができませんでした。

ただ、登頂を目指して荷造りをしていると、ヒグマが再び出現したため、メンバー全員がテントに避難するものの、

テントに近づいてきたため、全員がテントを離れると、ヒグマはテントを完全に破壊したのです。

助けを求め、メンバーが分かれる

命の危険を感じたリーダーの竹安さんは、滝さんと河原さんに救助を呼んでくるよう指示をして下山させました。

下山した2人は午前7時10分、北海道学園大学の北海岳友会のパーティ10人と遭遇し、

彼らも2日前にヒグマの襲撃を受けたことを伝えられます。

北海岳友会のパーティは「一緒に逃げよう」と提案するものの、滝さんと河原さんは「仲間を残して逃げられない」と提案を拒否し、

2人は彼らに救助隊の要請を託し、残る3人を助けるために道を引き返して行きました。

一方で残りの3人はヒグマに襲われたテントに引き返すと、ヒグマの姿はなく、残っていた荷物を取り戻すことに成功します。

しかし、あまりの緊張感からの疲労で3人はその場で眠りに落ちてしまいました。

5人が交流を果たすも…

午後3時になると、救助のために下山していた滝さんと河原さんが3人のもとへ合流し、

安全そうな場所を確保して、そこでテントの設営を開始しました。

しかし午後4時半、再びヒグマが姿を現し、テントを襲撃してきたのです。

しかもヒグマはなかなかテントを離れる様子がなかったため、近くでキャンプをしている鳥取大学のパーティの元へ向かうことを決断しました。

ヒグマの襲撃でついに犠牲者が…

メンバーが山道を必死に移動していましたが、すでに時間は午後6時半ということもあり、視界が悪くなってきていました。

そんな中、ふと後ろを振り向くと、なんとあのヒグマが猛スピードで自分たちを追いかける姿が見えたため、

急いで逃げたものの、河原さんだけが別の方向に逃げてしまい、ヒグマは河原さんの方を追いかけて行きました。

その後、河原さんの悲鳴が聞こえ、これがメンバーが見た河原さんの姿となってしまったのです。

そして、残されたメンバーはなんとか鳥取大パーティに助けてもらおうと合図を送りますが、

その最中に興梠さんがメンバーからはぐれてしまいます。

興梠さんは一度だけメンバーからの問いに答えたのですが、その後は返答がなく、のちに日記で判明したのですが、

興梠さんはこの時、20cmほどの距離にヒグマが迫っており、声を出すことができなくなっていたと言います。

福岡大学のヒグマ襲撃事件の結末

結局、興梠さんとはぐれ、残されたメンバー3人はメンバー2人を探すために27日朝に捜索を開始しますが、

辺りは霧が立ち込めており、最悪の環境でした。

そして、竹安さんの2mほど手前でヒグマが再び姿を現し、竹安さんはヒグマに追われて山の中へ消えていきました。

滝さんと西井さんはあまりの恐怖で麓まで一気に逃げ切り、無事に保護されました。

その後、捜索隊が山の中に入ると、3人の遺体が発見され、ヒグマの犠牲になってしまったのです。

以上が福岡大学のヒグマ襲撃事件の結末となります。







興梠さんのメモの内容

亡くなった興梠さんの遺体の傍から以下のようなメモが見つかっています。

河原がやられたようである。
俺もやられると思ってハイ松を横にまく

俺の位置からは下の様子は全然わからなかった
クマの音が聞こえただけである

それから俺は鳥取大学のテントをのぞいてみると崖の方へ二、三ヵ所たき火をしていたので
下のテントにかくまってもらおうと崖を下る
5分くらい下って下を見ると
20m先にクマがいた

俺を見つけると駆け上がってきたので
一目散に逃げ少し崖の上に登る

まだ追っかけてくるので
30cmくらいの石を投げる

失敗である

ますます這い上がってくるので
15cmくらいの石を鼻をめがけて投げる

当たった

それからクマは10㎝ほど後さがりする

腰を下ろして俺をにらんでいた

誰もいなかった
しまったと思ったが手遅れである

(テントの)中にシュラフがあったので
すぐ1つ取り出し
中に入り込み
大きな息を調整する

なぜかシュラフに入っていると
安心感が出てきて落ち着いた

7月27日。
4時ごろ目が覚める

外のことが気になるが
恐ろしいので
8時までテントの中にいることにする

テントの中を見合わすと
キャンパンがあったので
中を見ると
ご飯があった
これで少しホッとする

ああ早く九州に帰りたい

7時。
沢を下ることにする

にぎり飯を作って
テントの中にあったシャツや靴下を借りる

テントを出てみると
5m上にやはりクマがいた。

とても出られないので
このままテントの中にいる

(判別不可能) しかし (判別不可能)
他のメンバーはもう下山したのか、

鳥取大ワンダーフォーゲルは
連絡してくれたのか

いつ助けにくるのか、

全て不安で恐ろしい。
またガス(霧)が濃くなって
不気味である

結局福岡大学のメンバーを襲ったヒグマは射殺されており、2歳~4歳のメスだったと言います。

3人の遺体は無残な姿で発見されたのですが、ヒグマの体の中から人を食べた形跡はなく、

純粋に敵を排除するという目的で襲ったものとされています。

このような悲惨な事件が今後も起きないことを祈りたいです。

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